恐ろしいほど敏捷《びんしょう》に働く心で、顔にも現わさない葉子の躊躇《ちゅうちょ》を見て取ったらしくこうなじるように尋ねたが、葉子がなんでもないと応《こた》えると、少しも拘泥《こうでい》せずに、それ以上問い詰めようとはしなかった。
どうしても旅館に帰るのがいやだったので、非常な物足らなさを感じながら、葉子はそのままそこから倉地に別れる事にした。倉地は力のこもった目で葉子をじっ[#「じっ」に傍点]と見てちょっとうなずくとあとをも見ないでどんどんと旅館のほうに濶歩《かっぽ》して行った。葉子は残り惜しくその後ろ姿を見送っていたが、それになんという事もない軽い誇りを感じてかすかにほほえみながら、倉地が登って来た坂道を一人《ひとり》で降りて行った。
停車場に着いたころにはもう瓦斯《ガス》の灯《ひ》がそこらにともっていた。葉子は知った人にあうのを極端に恐れ避けながら、汽車の出るすぐ前まで停車場前の茶店の一間《ひとま》に隠れていて一等室に飛び乗った。だだっ広《ぴろ》いその客車には外務省の夜会に行くらしい三人の外国人が銘々、デコルテーを着飾った婦人を介抱して乗っているだけだった。いつものとおりその
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