。そそくさ[#「そそくさ」に傍点]と朝の掃除を急いだ女中たちの心も葉子には読めた。葉子はその女たちを見送るとなんという事なしにさびしく思った。
帯の間にはさんだままにしておいた新聞の切り抜きが胸を焼くようだった。葉子は歩き歩きそれを引き出して手携《てさ》げにしまいかえた。旅館は出たがどこに行こうというあて[#「あて」に傍点]もなかった葉子はうつむいて紅葉坂《もみじざか》をおりながら、さしもしないパラソルの石突きで霜解《しもどけ》けになった土を一足《ひとあし》一足突きさして歩いて行った。いつのまにかじめじめした薄《うす》ぎたない狭い通りに来たと思うと、はしなくもいつか古藤と一緒に上がった相模屋《さがみや》の前を通っているのだった。「相模屋」と古めかしい字体で書いた置《お》き行燈《あんどん》の紙までがその時のままですすけていた。葉子は見覚えられているのを恐れるように足早にその前を通りぬけた。
停車場前はすぐそこだった。もう十二時近い秋の日ははなやかに照り満ちて、思ったより数多い群衆が運河にかけ渡したいくつかの橋をにぎやかに往来していた。葉子は自分|一人《ひとり》がみんなから振り向いて見
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