ればならないと胸を定めたに相違なかったけれども、田川夫人が悪意をこめてさせている仕事だとして見ると、どの道《みち》書かずにはおくまいと思われた。郵船会社のほうで高圧的な交渉でもすればとにかく、そのほかには道がない。くれぐれも憎い女は田川夫人だ……こういちずに思いめぐらすと葉子は船の中での屈辱を今さらにまざまざと心に浮かべた。
 「お掃除《そうじ》ができました」
 そう襖越《ふすまご》しにいいながらさっきの女中は顔も見せずにさっさ[#「さっさ」に傍点]と階下《した》に降りて行ってしまった。葉子は結局それを気安い事にして、その新聞を持ったまま、自分の部屋《へや》に帰った。どこを掃除したのだと思われるような掃除のしかたで、はたきまでが違《ちが》い棚《だな》の下におき忘られていた。過敏にきちょうめんできれい好きな葉子はもうたまらなかった。自分でてきぱき[#「てきぱき」に傍点]とそこいらを片づけて置いて、パラソルと手携《てさ》げを取り上げるが否やその宿を出た。
 往来に出るとその旅館の女中が四五人早じまいをして昼間《ひるま》の中を野毛山《のげやま》の大神宮のほうにでも散歩に行くらしい後ろ姿を見た
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