草鞋《わらじ》を脱ぐ」……母がこんな事を葉子の小さい時に教えてくれたのを思い出したりして、葉子は一人で苦笑《にがわら》いもした。
そうだ、まだ木村を逃がしてはならぬ。葉子は心の中に書き記《しる》してでも置くように、上目を使いながらこんな事を思った。
またある時葉子の手もとに米国の切手のはられた手紙が届いた事があった。葉子は船へなぞあてて手紙をよこす人はないはずだがと思って開いて見ようとしたが、また例のいたずらな心が動いて、わざと木村に開封させた。その内容がどんなものであるかの想像もつかないので、それを木村に読ませるのは、武器を相手に渡して置いて、自分は素手《すで》で格闘するようなものだった。葉子はそこに興味を持った。そしてどんな不意な難題が持ち上がるだろうかと、心をときめかせながら結果を待った。その手紙は葉子に簡単な挨拶《あいさつ》を残したまま上陸した岡から来たものだった。いかにも人柄に不似合いな下手《へた》な字体で、葉子がひょっ[#「ひょっ」に傍点]とすると上陸を見合わせてそのまま帰るという事を聞いたが、もしそうなったら自分も断然帰朝する。気違いじみたしわざとお笑いになるかもしれ
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