ないが、自分にはどう考えてみてもそれよりほかに道はない。葉子に離れて路傍の人の間に伍《ご》したらそれこそ狂気になるばかりだろう。今まで打ち明けなかったが、自分は日本でも屈指な豪商の身内に一人子《ひとりご》と生まれながら、からだが弱いのと母が継母であるために、父の慈悲から洋行する事になったが、自分には故国が慕われるばかりでなく、葉子のように親しみを覚えさしてくれた人はないので、葉子なしには一刻も外国の土に足を止めている事はできぬ。兄弟《きょうだい》のない自分には葉子が前世《ぜんせ》からの姉とより思われぬ。自分をあわれんで弟と思ってくれ。せめては葉子の声の聞こえる所顔の見える所にいるのを許してくれ。自分はそれだけのあわれみを得たいばかりに、家族や後見人のそしりもなんとも思わずに帰国するのだ。事務長にもそれを許してくれるように頼んでもらいたい。という事が、少し甘い、しかし真率《しんそつ》な熱情をこめた文体で長々と書いてあったのだった。
 葉子は木村が問うままに包まず岡との関係を話して聞かせた。木村は考え深く、それを聞いていたが、そんな人ならぜひあって話をしてみたいといい出した。自分より一段若
前へ 次へ
全339ページ中313ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング