そう。お前さんがここの世話をしておいで?……なら余《ほか》の部屋《へや》もついでに見せておもらいしましょうかしらん」
 女中はもう葉子には軽蔑《けいべつ》の色は見せなかった。そして心得顔《こころえがお》に次の部屋との間《あい》の襖《ふすま》をあける間《あいだ》に、葉子は手早く大きな銀貨を紙に包んで、
 「少しかげんが悪いし、またいろいろお世話になるだろうから」
 といいながら、それを女中に渡した。そしてずっ[#「ずっ」に傍点]と並んだ五つの部屋を一つ一つ見て回って、掛け軸、花びん、団扇《うちわ》さし、小屏風《こびょうぶ》、机というようなものを、自分の好みに任せてあてがわれた部屋のとすっかり[#「すっかり」に傍点]取りかえて、すみからすみまできれいに掃除《そうじ》をさせた。そして古藤を正座に据《す》えて小ざっぱり[#「小ざっぱり」に傍点]した座ぶとんにすわると、にっこりほほえみながら、
 「これなら半日ぐらい我慢ができましょう」
 といった。
 「僕はどんな所でも平気なんですがね」
 古藤はこう答えて、葉子の微笑を追いながら安心したらしく、
 「気分はもうなおりましたね」
 と付け加えた
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