りの人々は二人《ふたり》のほうに目を向けていた。それを全く気づきもしないような物腰《ものごし》で、葉子は親しげに青年と肩を並べて、しずしずと歩きながら、車夫の届けた包み物の中には何があるかあててみろとか、横浜のように自分の心をひく町はないとか、切符を一緒にしまっておいてくれろとかいって、音楽者のようにデリケートなその指先で、わざとらしく幾度か青年の手に触れる機会を求めた。列車の中からはある限りの顔が二人を見迎え見送るので、青年が物慣れない処女《しょじょ》のようにはにかんで、しかも自分ながら自分を怒《おこ》っているのが葉子にはおもしろくながめやられた。
 いちばん近い二等車の昇降口の所に立っていた車掌は右の手をポッケットに突っ込んで、靴《くつ》の爪先《つまさき》で待ちどおしそうに敷き石をたたいていたが、葉子がデッキに足を踏み入れると、いきなり耳をつんざくばかりに呼び子を鳴らした。そして青年(青年は名を古藤《ことう》といった)が葉子に続いて飛び乗った時には、機関車の応笛《おうてき》が前方で朝の町のにぎやかなさざめき[#「さざめき」に傍点]を破って響き渡った。
 葉子は四角なガラスをはめた入
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