鋭い神経はすぐ彼女をあまのじゃく[#「あまのじゃく」に傍点]にした。葉子は今まで急ぎ気味《ぎみ》であった歩みをぴったり[#「ぴったり」に傍点]止めてしまって、落ち付いた顔で、車夫のほうに向きなおった。
 「そう御苦労よ。家に帰ったらね、きょうは帰りがおそくなるかもしれませんから、お嬢さんたちだけで校友会にいらっしゃいってそういっておくれ。それから横浜《よこはま》の近江屋《おうみや》――西洋|小間物屋《こまものや》の近江屋が来たら、きょうこっちから出かけたからっていうようにってね」
 車夫はきょと[#「きょと」に傍点]きょとと改札と葉子とをかたみがわりに見やりながら、自分が汽車にでも乗りおくれるようにあわてていた。改札の顔はだんだん険しくなって、あわや通路をしめてしまおうとした時、葉子はするするとそのほうに近よって、
 「どうもすみませんでした事」
 といって切符をさし出しながら、改札の目の先で花が咲いたようにほほえんで見せた。改札はばかになったような顔つきをしながら、それでもおめ[#「おめ」に傍点]おめと切符に孔《あな》を入れた。
 プラットフォームでは、駅員も見送り人も、立っている限
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