」
と葉子がいいながら階段をのぼると、青年は粗末な麦稈《むぎわら》帽子をちょっと脱いで、黙ったまま青い切符《きっぷ》を渡した。
「おやなぜ一等になさらなかったの。そうしないといけないわけがあるからかえてくださいましな」
といおうとしたけれども、火がつくばかりに駅夫がせき立てるので、葉子は黙ったまま青年とならんで小刻みな足どりで、たった一つだけあいている改札口へと急いだ。改札はこの二人《ふたり》の乗客を苦々《にがにが》しげに見やりながら、左手を延ばして待っていた。二人がてんでんに切符を出そうとする時、
「若奥様、これをお忘れになりました」
といいながら、羽被《はっぴ》の紺の香《にお》いの高くするさっき[#「さっき」に傍点]の車夫が、薄い大柄《おおがら》なセルの膝掛《ひざか》けを肩にかけたままあわてたように追いかけて来て、オリーヴ色の絹ハンケチに包んだ小さな物を渡そうとした。
「早く早く、早くしないと出っちまいますよ」改札がたまらなくなって癇癪声《かんしゃくごえ》をふり立てた。
青年の前で「若奥様」と呼ばれたのと、改札ががみ[#「がみ」に傍点]がみどなり立てたので、針のように
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