ひし」に傍点]と抱いて顔を伏せた。なぜと知らぬ涙がその時|堰《せき》を切ったように流れ出した。そして涙はあとからあとからみなぎるようにシーツを湿《うるお》しながら、充血した口びるは恐ろしい笑いをたたえてわなわなと震えていた。
一時間ほどそうしているうちに泣き疲れに疲れて、葉子はかけるものもかけずにそのまま深い眠りに陥って行った。けばけばしい電燈の光はその翌日の朝までこのなまめかしくもふしだらな葉子の丸寝姿《まるねすがた》を画《か》いたように照らしていた。
一四
なんといっても船旅は単調だった。たとい日々夜々に一瞬もやむ事なく姿を変える海の波と空の雲とはあっても、詩人でもないなべての船客は、それらに対して途方に暮れた倦怠《けんたい》の視線を投げるばかりだった。地上の生活からすっかり[#「すっかり」に傍点]遮断《しゃだん》された船の中には、ごく小さな事でも目新しい事件の起こる事のみが待ち設けられていた。そうした生活では葉子が自然に船客の注意の焦点となり、話題の提供者となったのは不思議もない。毎日毎日凍りつくような濃霧の間を、東へ東へと心細く走り続ける小さな汽船の中の社会は、
前へ
次へ
全339ページ中190ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング