いただしていったいどうしようという気なのだろう。老人でもあるならば、過ぎ去った昔を他人にくどくどと話して聞かせて、せめて慰むという事もあろう。「老人には過去を、若い人には未来を」という交際術の初歩すら心得ないがさつ[#「がさつ」に傍点]な人だ。自分ですらそっと手もつけないで済ませたい血なまぐさい身の上を……自分は老人ではない。葉子は田川夫人が意地《いじ》にかかってこんな悪戯《わるさ》をするのだと思うと激しい敵意から口びるをかんだ。
しかしその時田川博士が、サルンからもれて来る灯《ひ》の光で時計を見て、八時十分前だから部屋《へや》に帰ろうといい出したので、葉子はべつに何もいわずにしまった。三人が階子段《はしごだん》を降りかけた時、夫人は、葉子の気分にはいっこう気づかぬらしく、――もしそうでなければ気づきながらわざと気づかぬらしく振る舞って、
「事務長はあなたのお部屋にも遊びに見えますか」
と突拍子《とっぴょうし》もなくいきなり問いかけた。それを聞くと葉子の心は何という事なしに理不尽な怒りに捕えられた。得意な皮肉でも思い存分に浴びせかけてやろうかと思ったが、胸をさすりおろしてわざと落
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