ち付いた調子で、
「いゝえちっとも[#「ちっとも」に傍点]お見えになりませんが……」
と空々《そらぞら》しく聞こえるように答えた。夫人はまだ葉子の心持ちには少しも気づかぬふうで、
「おやそう。わたしのほうへはたびたびいらして困りますのよ」
と小声でささやいた。「何を生意気な」葉子は前後《あとさき》なしにこう心のうちに叫んだが一言《ひとこと》も口には出さなかった。敵意――嫉妬《しっと》ともいい代えられそうな――敵意がその瞬間からすっかり[#「すっかり」に傍点]根を張った。その時夫人が振り返って葉子の顔を見たならば、思わず博士《はかせ》を楯《たて》に取って恐れながら身をかわさずにはいられなかったろう、――そんな場合には葉子はもとよりその瞬間に稲妻のようにすばしこく隔意のない顔を見せたには違いなかろうけれども。葉子は一言もいわずに黙礼したまま二人《ふたり》に別れて部屋《へや》に帰った。
室内はむっ[#「むっ」に傍点]とするほど暑かった。葉子は嘔《は》き気《け》はもう感じてはいなかったが、胸もとが妙にしめつけられるように苦しいので、急いでボアをかいやって床《ゆか》の上に捨てたまま、投
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