と痛み出して、泣きつかれのあとに似た不愉快な睡気《ねむけ》の中に、胸をついて嘔《は》き気《け》さえ催して来た。葉子はあわててあたりを見回したが、もうそこいらには散歩の人足《ひとあし》も絶えていた。けれども葉子は船室に帰る気力もなく、右手でしっかり[#「しっかり」に傍点]と額を押えて、手欄《てすり》に顔を伏せながら念じるように目をつぶって見たが、いいようのないさびしさはいや増すばかりだった。葉子はふと定子を懐妊していた時のはげしい悪阻《つわり》の苦痛を思い出した。それはおりから痛ましい回想だった。……定子……葉子はもうその笞《しもと》には堪えないというように頭を振って、気を紛らすために目を開いて、とめどなく動く波の戯れを見ようとしたが、一目見るやぐらぐらと眩暈《めまい》を感じて一たまりもなくまた突っ伏《ぷ》してしまった。深い悲しいため息が思わず出るのを留めようとしてもかいがなかった。「船に酔ったのだ」と思った時には、もうからだじゅうは不快な嘔感《おうかん》のためにわなわなと震えていた。
「嘔《は》けばいい」
そう思って手欄《てすり》から身を乗り出す瞬間、からだじゅうの力は腹から胸もと
前へ
次へ
全339ページ中166ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング