葉子に渡して、手の塵《ちり》をはたかんばかりにすげなく、まっ先に舷梯《げんてい》を降りて行った。葉子はちらっ[#「ちらっ」に傍点]と叔母の後ろ姿を見送って驚いた。今の今までどことて似通う所の見えなかった叔母も、その姉なる葉子の母の着物を帯まで借りて着込んでいるのを見ると、はっ[#「はっ」に傍点]と思うほどその姉にそっくり[#「そっくり」に傍点]だった。葉子はなんという事なしにいやな心持ちがした。そしてこんな緊張した場合にこんなちょっとした事にまでこだわる自分を妙に思った。そう思う間《ま》もあらせず、今度は親類の人たちが五六人ずつ、口々に小やかましく何かいって、あわれむような妬sねた》むような目つきを投げ与えながら、幻影のように葉子の目と記憶とから消えて行った。丸髷《まるまげ》に結ったり教師らしい地味《じみ》な束髪に上げたりしている四人の学校友だちも、今は葉子とはかけ隔たった境界《きょうがい》の言葉づかいをして、昔葉子に誓った言葉などは忘れてしまった裏切り者の空々《そらぞら》しい涙を見せたりして、雨にぬらすまいと袂《たもと》を大事にかばいながら、傘にかくれてこれも舷梯《げんてい》を消えて
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