《まくら》の下に置いときましたから、部屋《へや》に行ったらどこにでもしまっておいてください。それから、それと一緒にもう一つ……」
といいかけたが、
「何しろ忘れずに枕の下を見てください」
この時突然「田川法学|博士《はかせ》万歳」という大きな声が、桟橋《さんばし》からデッキまでどよみ渡って聞こえて来た。葉子と古藤とは話の腰を折られて互いに不快な顔をしながら、手欄《てすり》から下のほうをのぞいて見ると、すぐ目の下に、そのころ人の少し集まる所にはどこにでも顔を出す轟《とどろき》という剣舞の師匠だか撃剣の師匠だかする頑丈《がんじょう》な男が、大きな五つ紋の黒羽織《くろばおり》に白っぽい鰹魚縞《かつおじま》の袴《はかま》をはいて、桟橋の板を朴《ほお》の木下駄《きげた》で踏み鳴らしながら、ここを先途《せんど》とわめいていた。その声に応じて、デッキまではのぼって来ない壮士|体《てい》の政客や某私立政治学校の生徒が一斉《いっせい》に万歳を繰り返した。デッキの上の外国船客は物珍しさにいち早く、葉子がよりかかっている手欄《てすり》のほうに押し寄せて来たので、葉子は古藤を促して、急いで手欄の折れ曲が
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