の事を考えている。しかし私が貰《もら》おうとする妻は君らには想像も出来ないほど美しい、富裕な、純潔な少女なんだ」
 そういって彼れは笏を上げて青年たちに一足先きに行けと眼で合図した。青年たちが騒ぎ合いながら堂母《ドーモ》の蔭に隠れるのを見届けると、フランシスはいまいましげに笏を地に投げつけ、マントと晴着とをずたずたに破りすてた。
 次の瞬間にクララは錠のおりた堂母《ドーモ》の入口に身を投げかけて、犬のようにまろびながら、悔恨の涙にむせび泣く若いフランシスを見た。彼女は奇異の思いをしながらそれを眺めていた。春の月は朧《おぼ》ろに霞《かす》んでこの光景を初めからしまいまで照している。
 寺院の戸が開いた。寺院の内部は闇で、その闇は戸の外に溢れ出るかと思うほど濃かった。その闇の中から一人の男が現われた。十歳の童女から、いつの間にか、十八歳の今のクララになって、年に相当した長い髪を編下げにして寝衣《ねまき》を着たクララは、恐怖の予覚を持ちながらその男を見つめていた。男は入口にうずくまるフランシスに眼をつけると、きっ[#「きっ」に傍点]とクララの方に鋭い眸《ひとみ》を向けたが、フランシスの襟元《
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