えりもと》を掴《つか》んで引きおこした。ぞろぞろと華やかな着物だけが宙につるし上って、肝腎《かんじん》のフランシスは溶けたのか消えたのか、影も形もなくなっていた。クララは恐ろしい衝動を感じてそれを見ていた。と、やがてその男の手に残った着物が二つに分れて一つはクララの父となり、一つは母となった。そして二人の間に立つその男は、クララの許婚《いいなずけ》のオッタヴィアナ・フォルテブラッチョだった。三人はクララの立っている美しい芝生より一段低い沼地がかった黒土《くろつち》の上に単調にずらっ[#「ずらっ」に傍点]とならんで立っていた――父は脅《おびや》かすように、母は歎くように、男は怨《うら》むように。戦《たたかい》の街《ちまた》を幾度もくぐったらしい、日に焼けて男性的なオッタヴィアナの顔は、飽く事なき功名心と、強い意志と、生一本《きいっぽん》な気象とで、固い輪郭《りんかく》を描いていた。そしてその上を貴族的な誇りが包んでいた。今まで誰れの前にも弱味を見せなかったらしいその顔が、恨みを含んでじっとクララを見入っていた。クララは許婚の仲であるくせに、そしてこの青年の男らしい強さを尊敬しているくせに
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