。両肱は自分の部屋の窓枠に、両膝は使いなれた樫《かし》の長椅子《ながいす》の上に乗っていた。彼女の髪は童女の習慣どおり、侍童《ページ》のように、肩あたりまでの長さに切下《きりさげ》にしてあった。窓からは、朧夜《おぼろよ》の月の光の下に、この町の堂母《ドーモ》なるサン・ルフィノ寺院とその前の広場とが、滑かな陽春の空気に柔らめられて、夢のように見渡された。寺院の北側をロッカ・マジョーレの方に登る阪《さか》を、一つの集団となってよろけながら、十五、六人の華車《きゃしゃ》な青年が、声をかぎりに青春を讃美する歌をうたって行くのだった。クララはこの光景を窓から見おろすと、夢の中にありながら、これは前に一度目撃した事があるのにと思っていた。
そう思うと、同時に窓の下の出来事はずんずんクララの思う通りにはかどって行った。
夏には夏の我れを待て。
春には春の我れを待て。
夏には隼《たか》を腕に据えよ。
春には花に口を触れよ。
春なり今は。春なり我れは。
春なり我れは。春なり今は。
我がめぐわしき少女《おとめ》。
春なる、ああ、この我れぞ春なる。
寝しずまった町並《
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