」胆《きも》を裂くような心咎《こころとが》めが突然クララを襲った。それは本統《ほんとう》はクララが始めから考えていた事なのだ。十六の歳《とし》から神の子|基督《キリスト》の婢女《しもべ》として生き通そうと誓った、その神聖な誓言《せいごん》を忘れた報いに地獄に落ちるのに何の不思議がある。それは覚悟しなければならぬ。それにしても聖処女によって世に降誕した神の子基督の御顔を、金輪際《こんりんざい》拝し得られぬ苦しみは忍びようがなかった。クララはとんぼがえり[#「とんぼがえり」に傍点]を打って落ちながら一心不乱に聖母を念じた。
ふと光ったものが眼の前を過ぎて通ったと思った。と、その両肱《りょうひじ》は棚《たな》のようなものに支えられて、膝《ひざ》がしらも堅い足場を得ていた。クララは改悛者《かいしゅんしゃ》のように啜泣《すすりな》きながら、棚らしいものの上に組み合せた腕の間に顔を埋めた。
泣いてる中《うち》にクララの心は忽《たちま》ち軽くなって、やがては十ばかりの童女の時のような何事も華やかに珍らしい気分になって行った。突然華やいだ放胆な歌声が耳に入った。クララは首をあげて好奇の眼を見張った
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