せながら、いたわるように祝福するように、彼女の頭に軽く手を置いて間遠《まどお》につぶやき始めた。小雨《こさめ》の雨垂れのようにその言葉は、清く、小さく鋭く、クララの心をうった。
「何よりもいい事は心の清く貧しい事だ」
独語のようなささやきがこう聞こえた。そして暫《しば》らく沈黙が続いた。
「人々は今のままで満足だと思っている。私にはそうは思えない。あなたもそうは思わない。神はそれをよしと見給うだろう。兄弟の日、姉妹の月は輝くのに、人は輝く喜びを忘れている。雲雀《ひばり》は歌うのに人は歌わない。木は跳《おど》るのに人は跳らない。淋しい世の中だ」
また沈黙。
「沈黙は貧しさほどに美しく尊い。あなたの沈黙を私は美酒《うまざけ》のように飲んだ」
それから恐ろしいほどの長い沈黙が続いた。突然フランシスは慄《ふる》える声を押鎮めながらつぶやいた。
「あなたは私を恋している」
クララはぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として更《あらた》めて聖者を見た。フランシスは激しい心の動揺から咄嗟《とっさ》の間に立ちなおっていた。
「そんなに驚かないでもいい」
そういって静かに眼を閉じた。
クラ
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