セント三世から、基督《キリスト》を模範にして生活する事と、寺院で説教する事との印可《いんか》を受けて帰ったのは。この事があってからアッシジの人々のフランシスに対する態度は急に変った。ある秋の末にクララが思い切ってその説教を聞きたいと父に歎願した時にも、父は物好きな奴だといったばかりで別にとめはしなかった。
 クララの回想とはその時の事である。クララはやはりこの堂母《ドーモ》のこの座席に坐っていた。着物を重ねても寒い秋寒に講壇には真裸《まっぱだか》なレオというフランシスの伴侶《なかま》が立っていた。男も女もこの奇異な裸形《らけい》に奇異な場所で出遇って笑いくずれぬものはなかった。卑しい身分の女などはあからさまに卑猥《ひわい》な言葉をその若い道士に投げつけた。道士は凡ての反感に打克《うちか》つだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。
 そこにフランシスがこれも裸形のままで這入《はい》って来てレオに代って講壇に登った。クララはなお顔を得《え》上げなかった。
 「神、その独子《ひとりご》、聖霊及び基督の御弟子《みでし》の頭《かしら
前へ 次へ
全33ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング