下った旗や旒《ながばた》を静かになぶった。クララはふと眼をあげて祭壇を見た。花に埋められ香をたきこめられてビザンチン型《けい》の古い十字架聖像《クロチェ・フィッソ》が奥深くすえられてあった。それを見るとクララは咽《む》せ入りながら「アーメン」と心に称《とな》えて十字を切った。何んという貧しさ。そして何んという慈愛。
祭壇を見るとクララはいつでも十六歳の時の出来事を思い出さずにはいなかった。殊にこの朝はその回想が厳しく心に逼《せま》った。
今朝《けさ》の夢で見た通り、十歳の時|眼《ま》のあたり目撃した、ベルナルドーネのフランシスの面影《おもかげ》はその後クララの心を離れなくなった。フランシスが狂気になったという噂《うわ》さも、父から勘当を受けて乞食の群に加わったという風聞も、クララの乙女心を不思議に強く打って響いた。フランシスの事になるとシッフィ家の人々は父から下女の末に至るまで、いい笑い草にした。クララはそういう雑言《ぞうごん》を耳にする度に、自分でそんな事を口走ったように顔を赤らめた。
クララが十六歳の夏であった、フランシスが十二人の伴侶《なかま》と羅馬《ローマ》に行って、イノ
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