《とびら》をあけて柔かい春の空気を快く吸い入れた。やがてポルタ・カプチイニの方にかすかな東明《しののめ》の光が漏れたと思うと、救世主のエルサレム入城を記念する寺の鐘が一時に鳴り出した。快活な同じ鐘の音は、麓《ふもと》の町からも聞こえて来た、牡鶏《おんどり》が村から村に時鳴《とき》を啼《な》き交すように。
 今日こそは出家して基督《キリスト》に嫁ぐべき日だ。その朝の浅い眠りを覚ました不思議な夢も、思い入った心には神の御告げに違いなかった。クララは涙ぐましい、しめやかな心になってアグネスを見た。十四の少女は神のように眠りつづけていた。
 部屋は静かだった。

       ○

 クララは父母や妹たちより少しおくれて、朝の礼拝《れいはい》に聖《サン》ルフィノ寺院に出かけて行った。在家《ざいけ》の生活の最後の日だと思うと、さすがに名残が惜しまれて、彼女は心を凝らして化粧をした。「クララの光りの髪」とアッシジで歌われたその髪を、真珠紐《しんじゅひも》で編んで後ろに垂れ、ベネチヤの純白な絹を着た。家の者のいない隙《すき》に、手早く置手紙と形見の品物を取りまとめて机の引出しにしまった。クララの眼に
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