れる光線は、いくつかの細長い窓を暗く彩《いろど》って、それがクララの髪の毛に来てしめやかに戯《たわむ》れた。恐ろしいほどにあたりは物静かだった。クララの燃える眼は命の綱のようにフランシスの眼にすがりついた。フランシスの眼は落着いた愛に満ち満ちてクララの眼をかき抱くようにした。クララの心は酔いしれて、フランシスの眼を通してその尊い魂を拝もうとした。やがてクララの眼に涙が溢れるほどたまったと思うと、ほろほろと頬を伝って流れはじめた。彼女はそれでも真向《まっこう》にフランシスを見守る事をやめなかった。こうしてまたいくらかの時が過ぎた。クララはただ黙ったままで坐っていた。
「神の処女《むすめ》」
フランシスはやがて厳かにこういった。クララは眼を外にうつすことが出来なかった。
「あなたの懺悔は神に達した。神は嘉《よみ》し給うた。アーメン」
クララはこの上控えてはいられなかった。椅子からすべり下りると敷石の上に身を投げ出して、思い存分泣いた。その小さい心臓は無上の歓喜のために破れようとした。思わず身をすり寄せて、素足のままのフランシスの爪先きに手を触れると、フランシスは静かに足を引きすざらせながら、いたわるように祝福するように、彼女の頭に軽く手を置いて間遠《まどお》につぶやき始めた。小雨《こさめ》の雨垂れのようにその言葉は、清く、小さく鋭く、クララの心をうった。
「何よりもいい事は心の清く貧しい事だ」
独語のようなささやきがこう聞こえた。そして暫《しば》らく沈黙が続いた。
「人々は今のままで満足だと思っている。私にはそうは思えない。あなたもそうは思わない。神はそれをよしと見給うだろう。兄弟の日、姉妹の月は輝くのに、人は輝く喜びを忘れている。雲雀《ひばり》は歌うのに人は歌わない。木は跳《おど》るのに人は跳らない。淋しい世の中だ」
また沈黙。
「沈黙は貧しさほどに美しく尊い。あなたの沈黙を私は美酒《うまざけ》のように飲んだ」
それから恐ろしいほどの長い沈黙が続いた。突然フランシスは慄《ふる》える声を押鎮めながらつぶやいた。
「あなたは私を恋している」
クララはぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として更《あらた》めて聖者を見た。フランシスは激しい心の動揺から咄嗟《とっさ》の間に立ちなおっていた。
「そんなに驚かないでもいい」
そういって静かに眼を閉じた。
クラ
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