もらへるものとばかり思ひ込み、この卑しい見栄《みえ》の勉強のための勉強を、それに眠り不足で鼻血の出ることをも勉強家のせゐに帰して、内心で誇つてゐた。冷水摩擦が奨励されると毎朝衆に先んじて真つ裸になり釣瓶《つるべ》の水を頭から浴びて見せる空勇気を自慢にした。
西寮十二室といふ私共の室には、新入生は県会議員の息子と三等郵便局長の息子と私との三人で、それに二年生の室長がゐたが、県会議員や郵便局長が立派な洋服姿で腕車を乗り着けて来て室長に菓子箱などの贈物をするので、室長は二人を可愛がり私を疎《うと》んじてゐた。片輪といふ程目立たなくも室長は軽いセムシで、二六時中|蒼白《あをじろ》い顔の眉《まゆ》を逆立てて下を向いて黙つてゐた。嚥《の》み込んだ食べものを口に出して反芻《はんすう》する見苦しい男の癖に、反射心理といふのか、私のご飯の食べ方がきたないことを指摘し、口が大きいとか、行儀が悪いとか、さんざ品性や容貌《ようばう》の劣悪なことを面と向つて罵《のゝし》つた。私は悲しさに育ちのいゝ他の二人の、何処《どこ》か作法の高尚《かうしやう》な趣、優雅な言葉遣ひや仕草やの真似をして物笑ひを招いた。私の祖父
前へ
次へ
全60ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング