をかゝへて立つと手から辷《すべ》り落ち灰や燠《おき》が畳いつぱいにちらばつた時の面目なさが新に思ひ出されては、あるに堪へなく、この五体が筒の中で搗《つ》き砕かれて消えたかつた。
「あツ、あツ」と、私は奇妙な叫び声を発して下腹を抑《おさ》へた。両手の十本の指を宙に拡げて机の前で暴れ騒いだ。
「何を気狂《きちが》ひの真似をなさるんです。えイ、そんな気狂ひの真似する人わたし大嫌ひ」
 片脇で針仕事をしてゐる女は憂欝に眉《まゆ》をひそめてつけ/\詰《なじ》つた。
「そんな真似をしてゐると、屹度《きつと》今に本物になりますよ」他の時かうも言つた。
 私は四十になり五十になつても、よし気が狂つても、頭の中に生きて刻まれてある恋人の家族の前で火鉢をこはした不体裁な失態、本能の底から湧出る慚愧《ざんき》を葬ることが出来ない。その都度、跳ね上り、わが体を擲《たゝ》き、気狂ひの真似をして恥づかしさの発情を誤魔化さうと焦《あせ》らずにはゐられないのである。この一小事のみで既に私を終生、かりに一つ二つの幸福が胸に入つた瞬間でも、立所にそれを毀損《きそん》するに十分であつた。
 満一年の後に雑誌が再刊され、私は
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