女が私に内証で国許《くにもと》に報じ、父が電報で上京の時間まで通知して来たが、出入りの執筆同人の文士たちに見窄《みすぼ》らしい田舎者の父を見せることを憂へて、折返し私は電報で上京を拒んだ。中学時代、脚絆草鞋《きやはんわらぢ》で寄宿舎へやつて来る父を嫌つたをり父が、オレで悪いといふのか、オレでは人様の手前が恥づかしいといふのか、われもオレの子ぢやないか、と腹を立てた時のやうに、病む子を遙々《はる/″\》見舞はうとして出立の支度を整へた遠い故郷の囲炉裏端《いろりばた》で、真赤に怒つてゐるのならまだしも、親の情を斥《しりぞ》けた子の電文を打黙つて読んでゐる父のさびしい顔が、蒲団の中に呻《うめ》いてゐる私の眼先に去来し、つく/″\と何処まで行つても不孝の身である自分が深省された。略《ほゞ》これと前後して故郷の妻は子供を残して里方に復籍してしまつた。それまでは同棲《どうせい》の女の頼りない将来の運命を愍《あはれ》み気兼ねしてゐた私は、今度はあべこべに女が憎くなつた。女のかりそめの娯楽をも邪慳《じやけん》に罪するやうな態度に出て、二人は絶間なく野獣同士のごと啀《いが》み合つた。凡てが悔恨といふのも
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