情喧嘩に数多《あまた》の歳月をおくつた。
 子供が七歳の春、私は余所《よそ》の女と駈落して漂浪の旅に出、東京に辿《たど》りついてさま/″\の難儀をしたすゑ、当時文運の所産になつたF雑誌の外交記者になつた。

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囚《とら》はれの醜鳥《しこどり》
罪の、凡胎の子
鎖は地をひく、闇をひく、
白日の、空しき呪《のろ》ひ……
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 酒好きの高ぶつた狂詩人は、斯《か》う口述して私に筆記をさせた。
「先生、凡胎の子――とは何ういふ意味でございませうか?」
 貧弱な徳利一本、猪口《ちよく》一箇を置いた塗りの剥げた茶餉台《ちやぶだい》の前に、褌《ふんどし》一つの真つ裸のまゝ仰向けに寝ころび、骨と皮に痩《や》せ細つた毛臑《けずね》の上に片つ方の毛臑を載せて、伸びた口髭《くちひげ》をグイ/\引つ張り/\詩を考へてゐた狂詩人は、私が問ふと矢にはに跳ね起き顎《あご》を前方に突き出し唇を尖《とが》らせて、「凡人の子袋から産れたといふことさ。馬の骨とも、牛の骨とも分らん。おいら下司下郎だといふことさ!」
 狂暴な発作かのやうにさう答へた時、充血した詩人の眼には零《こぼ》
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