を開け、簪《かんざし》をつまみ出し、香水の瓶をちよつと鼻の先に当てて匂ひを嗅ぐと、礼も言はずに戸棚の中に蔵《しま》つた。
そんなことも忽ちバレてしまつた。最早私は、家のものからも、近所の誰からも軽蔑された。道を歩けば、子供でさへ指を差して私のことを嗤《わら》つた。私は道の行き過ぎに私を弥次る子供が何より怖くて、子供の群を見つけると遠廻りしても避けるなど、日々卑屈になつて行つた。
二年の月日が経つた。それまで時をり己が変心を悔いたやうな詫《わ》びの便りを寄越してゐた伊藤が、今度中学を卒業し、学校の推薦でK市の高等学校へ無試験で入る旨を知らせて来た。私が裏の池のほとりにつくばつて草刈鎌を砥石《といし》で研《と》いでゐるところへ、父はその葉書を持つて来て、
「われも、中学を続けときや、卒業なれたのに、惜しいことをしたのう。半途でやめて、恥ぢばつかり掻《か》いて……」と、如何にも残念さうに言ひ放つて、顔を硬張《こはゞ》らせ、広い口を真一文字に結んで太い溜息を吐いた。
徴兵検査が不合格になると私はY町の瓦斯《ガス》会社の上役の娘と結婚した。中学に入学した折、古ぼけた制服を着た一人の生徒の、
前へ
次へ
全60ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング