て打たうとした。
 父の不賛成は言ふまでもなかつた。曾《かつ》て雪子の父と山林の境界で裁判沙汰《さいばんざた》になるまで争つたのだから。でも固く口を緘《とざ》してゐた。二三日したお午《ひる》、果樹園から帰つた父は裸になつて盥《たらひ》の水を使ひ乍ら戸口に来たきたない乞食《こじき》を見て、「ブラ/\遊んでをる穀《ごく》つぶしめア、今にあん通りになるんぢや」と私に怖《こは》い凝視を投げて甲走《かんばし》つた声で言つた。即座に母が合槌《あひづち》を打つた。下男も父母に阿《おもね》つた眼で私を見た。私は意地にも万難を排し他日必ず雪子と結婚しようと思つた。さう心に誓つてゐて、私は自棄の気味と自《おのづ》からなる性の目覚めとで、下女とみだらな関係を結んだ。入り代りに来た、頬の赤い、団子鼻の下女の寝床に、深夜私は蟹《かに》のやうに這《は》つて忍び込んだが、他に男があるからと言つて、言ひ寄つた私に見事|肘鉄砲《ひぢでつぱう》を喰はした。男の面目を踏み潰された悔しさから私は、それならせめて贈物だけでも受けてくれと歎願し、翌日は自転車に乗つて町へ買ひに行き、そつと下女に手渡すと、下女は無愛想にボール箱の蓋
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