に出て行く私共父子を見て呆気《あつけ》にとられた。臆病に、大胆に、他を傷つけたり、疑つたり、連日連夜の紛争と愛情の交錯とはいよ/\こじれて、長時の釈《と》け難い睨《にら》み合《あ》ひの状態になつた。
家庭の風波の渦巻の中で私は雪子の面影を抱いて己を羽含《はぐゝ》んだ。雪子はまだ高等小学の一年生で、私の家から十町と隔たらない十王堂の高い石段の下の栗林の中に彼女の家はあつた。私が八歳の幼時、春風が戸障子《としやうじ》をゆすぶる日の黄昏《たそがれ》近くであつたが、戸口の障子を開けると、赤い紐《ひも》の甲掛草履《かふがけざうり》を穿《は》いたお河童《かつぱ》の雪子が立つてゐた。何うして遊びに来たものか、たゞ、風に吹かれて紛れ込んだ木の葉のやうなものであつた。私は雪子の手を引いて母の手もとに届けてやつた。偶然に見染めた彼女の幻はずつと眼から去らず、或年の四月の新学期に小学校に上つて来た彼女を見附けた日は私は、一夜うれしさに眠就《ねつ》かれなかつた。相見るたびに少年少女ながら二人は仄《ほの》かな微笑と首肯《うなづき》との眼を交はし、唇を動かした。私は厚かましく彼女の教室を覗《のぞ》き、彼女の垂髪
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