、ズボンのポケットに両手を差し、隅《すみ》つこに俯向《うつむ》いて、靴先でコト/\と羽目板を蹴《け》つて見るまでに場馴《ばな》れたのであつた。二年前まではこの中学の校舎は兵営だつたため、控所の煉瓦敷《れんぐわじき》は兵士の靴の鋲《びやう》や銃の床尾鈑《しやうびばん》やでさん/″\破壊されてゐた。汗くさい軍服の臭《にほ》ひ、油ツこい長靴の臭ひなどを私は壁から嗅《か》ぎ出した。
 日が経《た》つにつれ、授業の間の十分の休憩時間には、私は控所の横側の庭のクローウヴァーの上に坐つて両脚を投げ出した。柵外《さくぐわい》の道路を隔てた小川の縁の、竹藪《たけやぶ》にかこまれた藁屋根《わらやね》では間断なく水車が廻り、鋼鉄の機械鋸《きかいのこ》が長い材木を切り裂く、ぎーん、ぎん/\、しゆツ/\、といふ恐ろしい、ひどく単調な音に、そしてそれに校庭の土手に一列に並んでゐる松の唸《うな》り声《ごゑ》が応じ、騒がしい濤声《たうせい》のやうに耳の底に絡《から》んだ。水車が休んでゐる時は松はひとりで淋《さび》しく奏《かな》でた。その声が屡々《しば/\》のこと私を、父と松林の中の道を通つて田舎《ゐなか》から出て来た
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