《ひざばうず》をがたがた顫《ふる》はしてゐる生徒も沢山に見受けられた。一つは性質から、一つは境遇から、兎角《とかく》苦悩の多い過去が、ほんの若年ですら私の人生には長く続いてゐた。それは入学式の日のことであるが、消魂《けたゝま》しいベルが鳴ると三人の先生が大勢の父兄たちを案内して控所へ来、手に持つた名簿を開けていち/\姓名を呼んで、百五十人を三組に分けた。私は三ノ組のびりつこから三番目で、従つて私の名が呼ばれるまでには夥《おびたゞ》しい時間を要した。或《あるひ》は屹度《きつと》、及第の通知が間違つてゐたのではないかと、愬《うつた》へるやうにして父兄席を見ると、木綿の紋付袴《もんつきはかま》の父は人の肩越しに爪立《つまだ》ち、名簿を読む先生を見詰め子供の名が続くかと胸をドキつかせながら、あの、嘗《かつ》て小学校の運動会の折、走つてゐる私に堪《たま》りかねて覚えず叫び声を挙《あ》げた時のやうな気が気でない狂ひの発作が、全面の筋肉を引き吊《つ》つてゐた。その時の気遣ひな戦慄《せんりつ》が残り、幾日も幾日も神経を訶《さいな》んでゐたが、やがて忘れた頃には、私は誰かの姿態の見やう見真似《みまね》で
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