ん》を半分ほどこつちに寄越《よこ》せ、宿屋の払ひが不足するからと言つた。私は胸を熱くして紐《ひも》で帯に結びつけた蝦蟇口《がまぐち》を懐《ふところ》から取出し、幾箇かの銀貨を父の手の腹にのせた。父の眼には涙はなかつたが、声は潤《うる》んでゐてものが言へないので、私は勇気を鼓して「お父《と》う、用心なさんせ、左様なら」と言つた。眼顔で頷《うなづ》いて父は廊下の曲り角まで行くと、も一度振り返つてぢつと私を見た。
「おい君、君は汁《しる》の実の掬《すく》ひやうが多いぞ」
と、晩飯の食堂で室長に私は叱《しか》られて、お椀《わん》と杓子《しやくし》とを持つたまゝ、耳朶《みゝたぶ》まで赧《あか》くなつた顔を伏せた。
当分の間は百五十人の新入生に限り、朝毎《あさごと》をかしいぐらゐ早目に登校して、西側の控所に集まつた。一見したところ、それ/″\試験に及第して新しい制服制帽、それから靴を穿《は》いてゐることが十分得意であることは説くまでもないが、でも私と同じやうに山奥から出て来て、寄宿舎に入れられた急遽な身の変化の中に、何か異様に心臓をときめかし、まだズボンのポケットに手を入れることも知らず、膝坊主
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