下を向いた。そして、それまでは並んで歩いてゐた彼は、柳の下につい[#「つい」に傍点]と私を離れ、眉を寄せて外方《そつぽ》を見詰め口笛を吹き出した。
日増に伊藤は私から遠去り、さうした機会に、ばア様はだん/\伊藤を私の手から奪つて行つて、完全に私を孤立せしめた。思ふと一瞬の目叩《またゝ》きの間に伊藤は私に背向《そむ》いたのであつた。私は呆《あき》れた。この時ばかりは私は激憤して伊藤の変節を腹の底から憎んだ。私は心に垣を張つて決して彼をその中に入れなかつた。避け合つても二人きりでぱつたり出逢ふことがあつたが、二人とも異様に光つた眼をチラリと射交《いかは》し、あゝ彼奴は自分に話したがつてゐるのだなア、と双方で思つても露《あらは》に仲直りの希望を言ふことをしなかつた。私はやぶれかぶれに依怙地《いこぢ》になつて肩を聳《そび》やかして己が道を歩いた。
長い間ごた/\してゐた親族の破産が累を及ぼして、父の財産が傾いたので、三年生になると私は物入りの多い寄宿舎を出て、本町通りの下駄屋の二階に間借りした。家からお米も炭も取り寄せ、火鉢《ひばち》の炭火で炊《た》いた行平《ゆきひら》の中子《しん》ので
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