陰険な視線と薄笑ひとを浴びせ乍ら、私の前を行きつ戻りつした。強《し》ひて心を空《むな》しうしようとすれば、弥《いや》が上に私の顔容はひずみ乱れた。が、逐一犯罪は検挙され、わツといふ只《たゞ》ならぬ泣声と共に、私たちは食事の箸を投げて入口に押しかけると、東寮の或三年生が刑事の前に罪状を告白して泣き伏してゐた。私は自分が刺されたやうに胸が痛んで、意識が朦朧《もうろう》と遠くなつた。
人もあらうに、どうしてか、其頃から伊藤はばア様と親しく交はり出した。従来伊藤の気づいてない私の性分をばア様が一つ/\拾ひ立てて中傷に努めてゐた矢先、藩主の祖先を祀《まつ》つた神社の祭に全校生が参拝した際、社殿の前で礼拝の最中石に躓いてよろめいた生徒を皆に混つてくツ/\笑つた私を、後で伊藤がひどく詰《なじ》つた。これと前後して、二人で川に沿うた片側町を歩いてゐた時、余所《よそ》の幼い子供が玩具の鉄砲の糸に繋《つな》がつたコルクの弾丸で私を撃つたので、私が怒つてバカと叱ると、伊藤は無心の子供に対する私のはした無い言葉を厭《いと》うて、「ちえツ、君には、いろ/\イヤなところがある」と、顔を真赤にして頬をふくらませて
前へ
次へ
全60ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング