《こわだか》に言つて通つて行く。私は無念の唇を噛み緊《し》め乍《なが》らも、のさばるばア様を何《ど》うしようもなく、たゞ/\おど/\した。無暗《むやみ》にあわてた。折りも折、舎内で時計やお鳥目《てうもく》の紛失が頻々《ひん/゜\》と伝はつた。私は消え入りたい思ひであつた。泥棒の噂《うはさ》の立つ毎に、ひよつとして自分の本箱や行李《かうり》の中に、ポケットなどに他人の金入れが紛れこんではゐないか、夜|臥床《とこ》をのべようと蒲団をさばく時飛び出しはしないか、と戦々兢々《せん/\きよう/\》とした。正しいことをすればする丈《だけ》、言へば言ふ丈、その嫌疑《けんぎ》を免かれる方便の如く思ひ做《な》された。冬期休業が来て舎生が帰省の旅費を下附された晩、七八人もの蝦蟇口《がまぐち》が誰かの手で盗まれ、たうとう町の警察から来て、どうしても泥棒は舎内のものだといふ鑑定で、一課目残つてゐる翌日の試験中に三人の刑事は小使や門衛を手伝はして各室の畳まで上げて調べ、続いて試験場から帰つて来た一人々々を食堂の入口でつかまへ、制服を脱がせ靴を脱がせして調べた。私の番になるとばア様は二三の仲間を誘ひ、意味ありげに
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