額には幾条もの太い皺《しわ》が寄り、老婆そのまゝの容貌をしてゐたので、入舎早々ばア様といふ綽名《あだな》がついた。ばア様といふ綽名は又|如何《いか》にもそのこせ/\した性情をよく象徴してゐて、実に小言好きの野卑な男で、私の旧悪を掘り出して人毎に曝《あば》くことを好んだ。黒坊主黒坊主と言つて私を嘲弄《てうろう》したことを、それから私が黒坊主と言ひそやされる反動で、奇妙な病気から鼻の両脇《りやうわき》に六つの小鼻が鈴生《すずなり》に累結してゐる子供を鼻六ツ々々々と言つて泣かせ、その弱味につけこみ覗《のぞき》メガネの絵など高価に売りつけたり、学用品を横領したりしたことを。猶《なほ》又、駄菓子屋の店先に並んだ番重の中から有平糖《あるへいたう》を盗み取る常習犯であつたことまで数へ立てて、私を、ぬすツと、と言つて触れ廻つた。さうした私の悪意を極《きは》めた陰口と見え透いたお世辞とによつて彼は転校者として肩身の狭い思ひから巧に舎内の獰猛組《だうまうぐみ》に親交を求め、速《すみやか》に己が位置を築くことに汲々《きふ/\》としてゐた。ばア様は私の室の前を、steal, stole, stolen と声高
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