? 色白くなる薬……」
 川島先生は、つぶれた面皰から血を吹いてゐる私の顔を、きびしい目付で見詰めた。
「そ、それは母のであります」
「お母さんのなら、何故《なぜ》、舎から註文した?」
「お父さんに隠したいから、日曜日に持つて帰つてくれちうて母が言ひました……」
 先生は半信半疑で口尻を歪《ゆが》めて暫《しば》し考へてゐたが、兎も角渡してくれた。私はいくらか日を置いて小包を開き、用法の説明書どほり粉薬を水に溶き、人に内証で朝に晩につけた。色こそ白くはならなかつたが、面皰のはうには十分|効目《きゝめ》があつた。川島先生の何時も私の顔にじろじろと向けられる神経質な注視に逢《あ》ふ度、私はまんまと瞞《だま》したことに気が咎《とが》め、何か剣の刃渡りをしてゐるやうな懼《おそ》れが身の毛を総立たせた。
 天長節を控へ舎を挙げて祝賀会の余興の支度《したく》を急いでゐる時分、私と小学校時代同級であつた村の駐在巡査の息子が、現在は父親が署長を勤めてゐる要塞地の町の中学から転校して寄宿舎に入つて来た。前歯の抜けた窪《くぼ》い口が遙《はる》か奥に見えるくらゐ半島のやうに突き出た長い頤《あご》、眼は小さく、
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