顔の綺麗《きれい》なのに驚いた私は、姉のニッケルの湯籠《ゆかご》の中の軽石を見つけ、屹度これで磨くのに違ひないと思ひ定め、湯殿に入つて顔一面をこすると、皮膚を剥《む》いて血がにじみ出た。
「あんたはん、そや、キビスをこする石やつたのに、まア、どうしようかいの」
 見るも無惨な凸凹《でこぼこ》の瘡蓋《かさぶた》になつた私の顔に姉は膏薬《かうやく》を塗つてくれながらへんな苦が笑ひをした。私は鏡を見て明け暮れ歎き悲しんだのであつた。
 不思議にこゝ一二年、心を去つてゐた色の黒い悩みが、不意に伊藤の言葉によつてその古傷が疼《うづ》き出した。私は教室の出入りに、廊下の擦《す》り硝子《ガラス》に顔を映すやうになつた。ちやうど顔ぢゆうに面皰《にきび》が生じ、自習室の机に向いても指で潰してばかりゐて、気を奪はれ全然勉強が手につかなくなつた。その頃、毎日のやうに新聞に出る、高柳こう子といふ女の発明で(三日つけたら色白くなる薬)といふ広告を読み、私は天来の福音《ふくいん》と思つて早速東京へ送金した。ところが、日ならず届いた小包が運わるく舎監室に押収され、私は川島先生に呼びつけられた。
「君、これはどうした
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