、絵本とか石筆とかの賄賂《わいろ》をおくつた。すると、僕にも呉《く》れ、僕にも出せ、と皆は私を取り囲んで八方から手を差出した。私は家のものを手当り次第盗んで持ち出して与へたが、しまひには手頃の品物がなくなつて約束が果されず、嘘言ひ坊主といふ綽名《あだな》を被《かぶ》せられた。私は人間の仕合せは色の白いこと以上にないと思つた。扨《さて》はませた小娘のやうに水白粉《みづおしろい》をなすりつけて父に見つかり、父は下司《げす》といふ言葉を遣つて叱つた。なんでも井戸浚《さら》への時かで、庭先へ忙しく通りかゝつた父が、私の持出してゐた鍬《くは》に躓《つまづ》き、「あツ痛い、うぬ黒坊主め!」と拳骨を振り上げた。私は赫《かつ》とした。父は私が遊び仲間から黒坊主と呼ばれてゐることを知つてゐたのだ。私は気も顛倒《てんたう》して咄嗟《とつさ》に泥んこでよごれた手で鍬を振り上げ、父の背後に詰寄つて無念骨髄の身がまへをした。その日は出入りの者も二三人手伝ひに来て、終日裏の大井戸の井戸車がガラガラと鳴り、子供ながらに浮々してゐたのに、私はすつかりジレて夕飯も食べなかつた。夏休みになつて町の女学校から帰つて来た姉の
前へ
次へ
全60ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング