下女が善意に私を庇《かば》うて一言何か口を挟むと母が顔を曇らせぷり/\怒つて、「いゝや、あの子は産れ落ちるとから色が黒かつたい。あれを見さんせ、頸《くび》のまはりと来ちや、まるきり墨を流したやうなもん。日に焼けたんでも、垢《あか》でもなうて、素地《きぢ》から黒いんや」と、なさけ容赦もなく言ひ放つた。その時の、魂の上に落ちた陰翳《いんえい》を私は何時までも拭ふことが出来ない。私は家のものに隠れて手拭につゝんだ小糠《こぬか》で顔をこすり出した。下女の美顔水を盗んで顔にすりこんだ。朝、顔を洗ふと直ぐ床の間に据ゑてある私専用の瀬戸焼の天神様に、どうぞ学問が出来ますやうと祈願をこめるのが父の言付けであつたが、私は、どうぞ今日一日ぢゆう色の黒いことを誰も言ひ出しませんやう、白くなりますやう、と拍手《かしはで》を打つて拝んだ。一日は一日とお定りの祷《いの》りの言葉に切実が加はつた。小学校で学問が出来て得意になつてゐる時でも、黒坊主々々々と呼ばれると、私の面目は丸潰《まるつぶ》れだつた。私は色の白い友達にはてんで頭が上らなかつた。黒坊主黒坊主と言はないものには、いゝ褒美《ほうび》を上げるからと哀願して
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