は身の分を越えた伊藤との提携を、友達共は半ば驚異の眼と半ば嫉妬《しつと》の眼とで視《み》た。水を差すべくその愛は傍目《はため》にも余り純情で、殊更《ことさら》らしい誠実を要せず、献身を要せず、而《しか》も聊《いさゝか》の動揺もなかつた。溢《あふ》るゝ浄福、和《なご》やかな夢見心地、誇りが秘められなくて温厚な先生の時間などには、私は柄にもなく挑戦し、いろ/\奇矯《きけう》の振舞をした。
Y中学の卒業生で、このほど陸軍大学を首席で卒業し、恩賜の軍刀を拝領した少佐が、帰省のついでに一日母校の漢文の旧師を訪《たづ》ねて来た。金モールの参謀肩章を肩に巻き、天保銭《てんぽうせん》を胸に吊つた佐官が人力車で校門を辞した後姿を見送つた時、さすがに全校のどんな劣等生も血を湧かした。
「ウヽ、芳賀《はが》君の今日《こんにち》あることを、わしは夙《つと》に知つとつた。芳賀君は尤《もつと》も頭脳も秀《ひい》でてをつたが、彼は山陽の言うた、才子で無うて真に刻苦する人ぢやつた」と、創立以来勤続三十年といふ漢文の老教師は、癖になつてゐる鉄縁の老眼鏡を気忙《きぜは》しく耳に挟《はさ》んだり外《はづ》したりし乍《なが
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