息子が、学校の告知板の文書を剥《は》ぎ棄《す》てた科《とが》で処分の教員会議が開かれた折、ひとり舎監室で謹慎してゐた川島先生は、通りがゝりの私を廊下から室の中に呼び入れ、「わすの子供も屹度停学処分を受けることと思ふが、それでも君のやうに心を入れかへる機縁になるなら、わすも嬉しいがのう」と黯然《あんぜん》とした涙声で愬《うつた》へた。私の裡《うち》に何んとも言へぬ川島先生へ気の毒な情が湧《わ》き出るのを覚えた。
ほど無く私は幾らかの喝采《かつさい》の声に慢心を起した。そして何時《いつ》しか私は、独《ひと》りぼつちであらうとする誓約を忘れてしまつたのであらうか。強《あなが》ち孤独地獄の呻吟《しんぎん》を堪へなく思つたわけではないが、或偶然事が私を伊藤に結びつけた。伊藤は二番といふ秀才だしその上活溌|敏捷《びんせふ》で、さながら機械人形の如く金棒に腕を立て、幅跳びは人の二倍を飛び、木馬の上に逆立ち、どの教師からも可愛がられ、組の誰にも差別なく和合して、上級生からでさへ尊敬を受けるほど人気があつた。彼は今は脱落崩壊の状態に陥つてゐるが夥しい由緒《ゆゐしよ》ある古い一門に生れ、川向うの叔母の家
前へ
次へ
全60ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング