肩胛骨《けんかふこつ》を挫《くじ》いて、医者に白い繃帯《ほうたい》で首に吊《つ》つて貰《もら》つてゐた腕の中に私は顔を伏せてヒイと泣き出したが、もう万事遅かつた。私は便所の近くの薄縁《うすべり》を敷いた長四畳に弧坐して夜となく昼となく涙にむせんだ。自ら責めた。一切が思ひがけなかつた。恐ろしかつた。便所へ行き帰りの生徒が、わけても新入生が好奇と冷嘲《れいてう》との眼で硝子《ガラス》へ顔をすりつけて前を過ぎるのが恥づかしかつた。誰も、佐伯でさへも舎監の眼を慮《おもんばか》つて忌憚《きたん》の気振《けぶ》りを見せ、慰めの言葉一つかけてくれないのが口惜《くや》しかつた。柔道で負傷した知らせの電報で父が馬に乗つて駈付《かけつ》けたのは私が懲罰を受けた前日であるのに、そして別れの時の父の顔はあり/\と眼の前にあるのに、一体この始末は何んとしたことだらう。私は巡視に来た川島先生に膝を折つて父に隠して欲しい旨を頼んだが、けれども通知が行つて父が今にもやつて来はしないかと思ふと、もう四辺《あたり》が真つ黒い闇《やみ》になり、その都度毎に繃帯でしばつた腕に顔を突き伏せ嗚咽《をえつ》して霞《かす》んだ眼から
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