に差出したかと思ふと、瞬間、手を引つ込めて、
「A君、これタヾかね?」と、唇を尖らした。
「いや/\、のちほど、どつさり荷物自動車でお屆けいたしますから」
「さうですか。たんもり持つて來て下さい。ハヽヽヽハ」
 Z・K氏は愉快で堪らなかつた。たうとう私達を酒屋の爺さんとこへ誘つた。
 酒屋へは、有本老人、疊屋の吉さん、表具屋の主人、などコップ酒の常連が詰掛けて、足相撲をやつてゐた。溜つた酒代の貸前が入つて上機嫌の爺さんが盆に載せて出したコップの冷酒を一氣に呷《あふ》つたZ・K氏は、「さあ、片つ端から、おれにかゝつて來い」と、尻をまくつて痩脛を出した。有本老人はじめ「あツ、痛い、先生にはかなはん」と、後につゞく二三人もばた/\負けて脹脛《こむら》をさすつてゐるのを、私とAさんとは上框《あがりかまち》に腰掛けて見てゐた。最後にZ・K氏は、恰幅の好いAさんに頻《しき》りに勝負を挑んだが、温厚で上品なAさんは笑つて相手にならなかつた。その時、どうした誘惑からか、足相撲などに一度の經驗もない私は、
「先生、私とやりませう」と、座敷へ飛び上つた。
「ヘン、君がか、笑はせらあ、老ライオンの巨口に二十
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