日鼠一匹――と言ひたいところですなあ。口直しにも何んにもなりやせん。ヘヽヽヽだ」
二人は相尻居して足と足を組み當てた。
「君、しつかり……」
「先生から……」
Z・K氏は、小馬鹿にしてつん出してゐた頤《あご》を何時の間にか引いて、唇を結んでいきみ出した。
痩せ細つたZ・K氏の脛の剃刀《かみそり》のやうな骨が自分の肉に切れ込んで來て、コリ/\と言つた骨を削り取られる音が聞えるやうな氣がしたが私は兩手で膝坊主を抱いて、火でも噴きさうな眼を閉ぢて、齒を喰ひしばつた。
「……おいら、負けた、もう一遍。もう一遍やり直さう……何に、やらん? 卑怯だよ卑怯だよ……待て待て、こら、待たんか……」
その聲を聞き棄てて、私は時を移さずAさんと一しよに屋外へ出た。世田ヶ谷中學前の暗い石ころ道を、ピリツ/\と火傷のやうに痛む足を引きずり乍らAさんの後について夜更の停留場へ急いだが、きたない薄縁《うすべり》の上にぺちやんこに捩伏せた時の、Z・K氏の強い負け惜しみを苦笑に紛らさうとした顏を思ふと、この何年にもない痛快な笑ひが哄然と込みあげたが、同時に、さう長くは此世に生を惠まれないであらうZ・K氏――いや
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