にしてさう言ふZ・K氏も、言はれる私も、しばし憮然《ぶぜん》として言葉が無かつた。
 が、だん/\醉ひが廻つて來た時、
「K君、君を澁谷まで送つて行くべえ、二十圓ほど飮まうや……。玉川にしようか」
「また、そんなことを言ふ、Kさんだつて、お歸んなすつて奧さんにお見せなさらなければなりませんよ。いつも人さまの懷中を狙ふ、惡い癖だ!」
 と、夫人が血相變へて臺所から飛んで來た。
「何んだ、八十圓はちと多過ぎらあ、二十圓パ飮んだかつていゝとも、さあ、着物を出せ」
「お父さん、そんな酷《ひど》いことどの口で言へますか。Kさんだつて、七十日間の電車賃、お小遣、そりや少々ぢやありませんよ。玉川へでも行つたら八十圓は全部お父さん飮んじまひますよ。そんなことをされてKさんどう奧さんに申譯がありますか!」
 夫人は起ちかけたZ・K氏を力一ぱい抑へにかゝつた。
 夫人に言はれる迄もなく、石垣からの照り返しの強い崖下の荒屋で、筆記のための特別の入費を内職で稼ぎ出した私の女にも、私は不憫《ふびん》と義理とを忘れてはならない。アーン、アン/\と顏に手を當ててぢだんだを踏んで泣き喚いても足りない思ひをしてる時、途
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