な叱聲を向けないではゐられないエゴイスチックな衝動を感じた。
 酷《ひど》い夏痩せの千登世は秋風が立つてからもなか/\肉付が元に復《もど》らなかつた。顏はさうでもなかつたけれど、といつても、二重顎は一重になり、裸體になつた時など肋骨が蒼白い皮膚の上に層をなして浮んで見えた。腰や腿《もゝ》のあたりは乾草のやうにしなびてゐた。ひとつは榮養不良のせゐもあつたが……。
 圭一郎はスウ/\小刻みな鼾《いびき》をかき出した細つこい彼女を抱いて睡らうとしたが、急に頭の中がわく/\と口でも開いて呼吸でもするかのやうに、そしてそれに伴つた重苦しい鈍痛が襲つて來た。彼はチカ/\眼を刺す電燈に紫紺色のメリンスの風呂敷を卷きつけて見たが又起つて行つて消してしまつた。何も彼も忘れ盡して熟睡に陷ちようと努めれば努める程|彌《いや》が上にも頭が冴えて、容易に寢つけさうもなかつた。
 立てつけのひどく惡い雨戸の隙間を洩るゝ月の光を面に浴びて白い括枕《くゝりまくら》の上に髮こそ亂して居れ睫毛《まつげ》一本も動かさない寢像のいゝ千登世の顏は、さながら病む人のやうに蒼白かつた。故郷に棄てて來た妻や子に對するよりも、より深重
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