氣なものだ。
Is he strong ?
「煩さいつたら!」兄は悍《たけ》り立つた金切聲で叱り附けた。
圭一郎と千登世とは思はず顏を合せて、クス/\笑ひ出した。が、直ぐ笑へなくなつた。その兄弟たちの希望に富む輝かしい將來に較べて、自分達の未來といふものの何んとさびしい目當てのないものではないかといふ氣がして。
軈《やが》て、夜番の拍子木の音がカチ/\聞えて來る時分には、中學生の寢言が手に取るやうに聞える。夢にまで英語の復習をやつてるらしい。階下でも内儀《かみ》さんが店を閉めた。四邊は深々と更けて行く。筋向うの大學の御用商人とかいふ男が醉拂つて細君を呶鳴る聲、器物を投げつける烈しい物音がひとしきり高かつた。暫らくすると支那|蕎麥屋《そばや》の笛が聞えて來た。
「あら、また遣つて來た!」
千登世は感に迫られて針持つ手を置いた。
千登世は、今後、この都を去つて何處かの山奧に二人が侘住ひするやうになつても、支那蕎麥屋の笛の音だけは忘れ得ないだらうと言つた。――駈落ち當時、高徳の譽高い淨土教のG師が極力二人を別れさせようとした。そのG師の禪房に曾《か》つて圭一郎は二年も寄宿し、G師に
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